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徒弟

今朝はポンプの写生をやめることにした。毎日描いていたので絵の具が生乾きのままでその上に描くと絵の具を掘り起すことになるからである。乾きが遅いのはどうさ液を濃く塗りすぎて画面が平滑になっているためだろう。水彩紙の上はにかわ塗りだけのほうがよ異様だ。もっといいのはにかわ石膏地である。

シナベニアの上ににかわ石膏を施すのが理想的だが、タイにはシナベニアがない。しかも普通のベニア板も表面が薄い板で間にボール紙が挟まっている質の悪いものでじかに絵を描くと保存に問題がある。むしろパネルに水彩紙を水張りをして、一層目はにかわ、二層目ににかわ石膏を塗るのがいいようである。完成後はパネルから外し折れないように保存する。さらに完成したつもりの絵に不満が出れば絵の裏に刷毛で水を塗って湿らせ再び水張りをする。

予断だが、長年絵を描いてきた画家が水彩で人物を描いてグループ展に出品していた。しかし彼の作品はでこぼこになっていて見るに絶えないものだったのでぼくは意見した。

まず絵を描く前に水張りをしておくこと。もし水張りをしないで絵を描いたとすれば裏に水を塗って紙を伸ばしパネルに水張りをすれば皺が伸びると。

すると彼のプライドが傷ついたのか非常にむくれていた。そのくせぼくには訊かないでほかの絵の仲間に「水張りの方法」を訊いていたということがぼくに伝わった。はずかしい話である。

水張りはぼくが19歳のころグラフィックデザインの徒弟時代に毎日親方と二人の兄弟子のためにみんなが仕事に入る前に出勤してやらされていたのである。みんなが仕事に来る1.2時間前に事務所の掃除、沢山の絵具皿を洗うこと、水張りが徒弟の義務であった。